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4-11.靴的災難
2008 / 06 / 01 ( Sun )
4-11

家に入って扉を閉める。そして靴を脱ぐ間もなく彼女が抱きついてきた。そのまま長い抱擁が続く。彼女は俺の方に顔を押し付けて、両手で俺の身体を抱きしめて離さない。俺もそれに応えるように彼女の身体に手を回す。ウエストに手を回して華奢だけど引き締まったその感触を感じたときに、改めて彼女の存在を懐かしく感じた。春とはいえ日が陰ってくると気温は急に下がり始める。抱き合ったまま相手から伝わってくる体温が心地よく感じられた。

薄暗い室内で数分間抱き合った後で、ようやく身体を離す。部屋に入り、荷物を解き、スーツから普段着に着替えながら近況報告をし合う。

たった数ヶ月会わなかっただけなのに、彼女の状況は大きく変化していた。昼の仕事のことを聞くと、彼女は得意そうに名刺を出して見せた。表面は中国語だが、裏返すと英語だ。“Interpriter”という肩書きが誇らしそうだ。名前は当然本名だろう。苗字は以前俺が勝手に引き出しを開けてみつけたパスポートに書いてあったものだ。

「これが中国名なんだ」
「そう」
「下の名前は何というの?」

名刺には英語名が書かれている。これは俺も知っている名前だ。でも、これを機会に中国語の本名(下の名前)を聞きだしてみたかった。彼女は俺の方をまっすぐに見てある単語を発音した。俺は近くのメモを引き寄せて漢字を書いてみせる。

「あら、よくわかったわね」
「あ?合ってた?」

とぼけて見せたが、その漢字は俺が昔見たパスポートに書かれていたものだ。初めて本名を言ってくれた。俺的には何となくポイントが高い会話だった。

早速夕食に出かけようということで靴を探す。あれ、俺の靴がない。カジュアルな靴はこちらで買って彼女に家に置きっぱなしにしておいたはずなのに。

「靴はどこに行った?」

と彼女に聞くと、

「彼は出て行ったわ」

と一言。

は?彼って誰ですか?出て行ったって?? 靴でしょ??

彼女がさらに話す。

「去年の年末、SMSで喧嘩をしたでしょ。その時あんまり腹がたったんで、彼につらくあたってしまったの。そしたら旅に出てしまったのよ。あぁ、かわいそうなあなたの靴、今どこで何をしているのかしら?」

最後はおどけて歌うような口調で話を告げる。
おいおい、いったい俺の靴に何をしたんだよこの女は。

聞くまでもなく、怒りに任せて俺の形見である靴に当り散らしたのは間違いなかった。



4-11b



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4-12.失望落胆
2008 / 06 / 01 ( Sun )
4-12

二人でタクシーを拾って浦東に向かう。いつものようにレストランで食事をする。また食べ放題の店を見つけて入る。中では主に彼女が食べ放題だ。

まったくこの店も馬鹿なサービスをしたもんだ。食べ放題という言葉の恐ろしさがぜんぜん分ってない。彼女は結局、4時間弱も食べ続けた。その後でようやくレストランを出て、川岸に向かう。

川岸にはバーやらファーストフードの店が並んでいるのだが、そのうちの1軒に入ってケーキを注文。

「It’s a “betsubara”, right?」

と彼女が言う。“別腹”は俺が教えた言葉だ。彼女はその話がえらく気に入ったようで、ケーキを食べる時には必ずこのネタを俺に振る。真剣に胃袋がいくつかあるに違いないと思っている俺は、それを言うと話がまたややこしくなりそうなのでただ黙って微笑み返した。

デザートを終えて部屋に戻る。
久方ぶりに合って良い雰囲気が続いているので流れは一つしかない。

シャワーブースに入ると、床の隅っこの方に俺が残したシャンプーとシャワージェルがまだ残っているのを見つけた。彼らは年末の事件での怒り渦の中で何とか生き残っていたようだ。よくぞ生き残っていてくれた。よくぞ待っていてくれた。感動した俺は彼らにタローとジローという名をつけた。

***

翌朝、けだるい朝。昼間でごろごろしてからようやく起き上がる。

思い出したように彼女がつぶやいた。

「週明けからまたKTVで働かなきゃならないんだわ」

それをきっかけにSMSで散々繰り返した話になる。また結局この話だ。金額の件が曖昧なままで、同じ金額を同じように援助する形には戻せない。彼女の側から何の譲歩もない状態では、俺の結論も変わりようがなかった。

しばらく彼女は粘ったが、やがて議論を続けるのを諦めた。

その後の一日は、寒々とした一日になった。彼女は口では納得したような台詞を言ったが、内心は納得などしていないようだった。むしろ、俺に対する不信感と怒りがまたふつふつと戻ってきたようだ。

午後も3時を過ぎたあたりでようやく昼食でもと外に出るが、彼女が学校にちょっとした用があるという。じゃぁ外で待つよということで、学校の前のスターバックスで待つことにしたが、1時間待っても帰ってこない。完全な放置プレイだ。

運悪く携帯の電池が切れてしまった俺は、ほかの場所にうろつくわけにもいかず、席に座ってコーヒーを啜り続けるしかなかった。



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4-13.不顧放置
2008 / 06 / 01 ( Sun )
4-13

ようやく帰ってきた彼女と一緒に夕食に行く。浦東のバイキングだ。会話はあんまり盛り上がらない。スターバックスで放置されたから俺がそう感じるだけなんだろうか?

「私、あなたが日本で他に好きな人でもできたのかと思ってた」

不意に彼女がそういって、様子をうかがうようにちらっと俺の顔を見る。
どうにも絡みにくい状態のまま、沈黙の多い食事が続くのだった。

食事を終えて彼女はトイレにたった。そのまま長い時間戻ってこない。彼女が長時間店に居座ったのでもう店は閉店の時間が近い。客が徐々に帰り、客席に座っているのが俺だけになっても彼女は戻ってこない。

隣のテーブルを片付け終えたウエイトレスが俺のテーブルにやってきて話しかけた。大方、閉店なのでお帰りくださいとでも言っているんだろう。俺も帰りたいのは山々だが連れが戻ってこないのでは待つしかない。

「他不来了」

とウエイトレスに告げると、彼女は一瞬間を置いて、

「没来了」

と言い換えた。
そうか不じゃなくて没かこの場合は。でも、文法は違ってても意味は通じたようだ。

「他去那里?」
「手洗間」

ウエイトレスがさらに質問してくるのに対して答える俺。発音に自身がないので手をこするジェスチャー付きだ。ウエイトレスは俺のジェスチャーで意味を汲み取り、なるほどといった様子で一つ頷くと反対側のテーブルの片付けに移っていた。

周囲のテーブルの片づけが進み、かなり居心地が悪くなってきた頃になってようやく彼女が戻ってきた「I’m sorry」と言ったのみで言い訳もしない。俺もあえて問い詰めることはしなかった。ちょっとしたきっかけでお互いが不信感をもって距離をとりはじめる。昨日はあんなに近かった関係が膜を一枚隔てたような感じだ。

店を出てつないだ手が冷たい。

俺はだんだんいたたまれなくなってきた。このまま時間を使っても何かが生まれるとは思えない。意を決した俺は彼女の家に戻るやいなや、帰り支度を始めた。

「どうしたの?」
「さっき仕事の電話があって、明日の朝一番で帰らなきゃならなくなった」

もともとは日曜日の午後便で帰国する予定だったのだが、彼女に嘘をついてさっさと荷物をまとめた俺は、翌朝一番で浦東空港へ。

空港でチケットの変更をして、ほうほうの体で日本に逃げ帰ったのだった。



4-13b



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4-14.絶情日子
2008 / 06 / 01 ( Sun )
4-14

帰国後、それまで使っていたSMSサービスの調子が悪くなり、やりとりがほとんどできなくなってしまった。メッセージの冒頭部分数文字だけは読めるのだが、後はほとんど読めない。また、メッセンジャーを見ていても彼女がログインすることはほとんどなくなった。昼間の仕事が少なくなったのかもしれない。毎日むなしくログイン状況を見る日が続く。

連絡がとれるのはメールだけだったが、その内容も短く刺々しいものに変わってきた。実際、社交辞令の他に話す話題といったら、彼女の境遇と金の話しかないのだ。間接的に彼女が自分の状況を嘆き始めると、俺が金の話かと警戒する。暗に金の話を牽制する俺のメールを見て、彼女がまたひねくれたメールを返す。その繰り返しだ。

こちらも金を出すことが嫌というわけではない、メールでいろいろ奇麗事を言ってはいるものの、必要なこともあるだろうとは思っている。でも、一旦金の話をした以上、何らかの譲歩を引き出さないと収まりがつかない。実際、金を渡していた頃の彼女の伸び伸びとした様子を考えると、あげ過ぎだったのではという気もする。

でも、その一方で、金を上げるのを止めた後の彼女の生活は厳しい。昼も夜も働き、疲れきっっている。俺の仕打ちをうらめしく思って愚痴ったり攻撃的になったりするのも頷けるところはある。何かの理由があって金が必要なのは間違いないのかもしれない。

もしかしたら言いたくない用途の金があるのかとも思う。

年明けに聞いた話を思い出した。もしかしたら整形の手術料の支払いがあるのかな。日本で120万といったが、中国でもそれなりの金額はするだろう。彼女の母親が出したとは考えにくいし、マクドナルドの売り子みたいなアルバイトで何とかなる金額でもなさそうだ。120万と考えて月割りで計算すると何となく彼女の今の支出の説明はつく。

しかし、真相は本人に聞かないとわからない。

どうも金の絡んだ条件交渉になっているのも話が混乱する理由だった。
お互いに本音を隠して、自分を綺麗な言葉で飾りながら条件交渉を仕掛ける。正直に腹を割って話し合えば妥協点は見つかりそうなのに、駆け引きばかりが続いて思うところに話が進んでいかない。

いろいろ考えているうちにも彼女のメールは刺々しさを増してきた。
そして、とうとう連絡がつかなくなった。



4-14b




绝情(jué qíng)というのは不人情のこと。日子(rìzi)は日本人の意味。
とはいうものの、この4文字が中国語的に正しいかどうかはよくわかりません。


03 : 24 : 00 | 筆談小姐4 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
4-15.身の上話
2008 / 06 / 01 ( Sun )
4-15

一方、日本での俺はまた上司Mにつかまっていつもの店に。あまり新規開拓をする気になれず、前回の娘をまた選ぶ。少し仲良くなったのもあったのか、身の上話を話し始めた。

途中までは普通の話だったが、途中から変な方向に話が進み始めた。

「あたし、最初の経験がお尻だったの」
「は?」
「3年前、出会い系で会った人とホテルに行ったんだけど、あんまり好みじゃなかったのね。で、その時処女だったんだけど、どうしても嫌で、でも断れないので後ろならって言ったの」
「で、どうだった」
「いや、痛かった。あれは本当に痛いのよ」
「まぁ、そりゃそうだろうなぁ」

しかし、処女がいきなり出会い系かよ。全く近頃の若いもんは。。
半ば呆れてる俺に構わず話は続く。

「で、その後ちゃんとした彼氏ができて処女をあげたのね。でも、その後で、あたしが彼の前にホテル言った人がいてお尻でしたって言ったら彼がメチャメチャ怒って、、」
「そりゃ怒るだろうなぁ、実際」
「で、俺にも尻でやらせろって言うの」

理屈が意味不明なんだけど、同じ男として気持ちは良く分かる。

「で、どうしたの?」
「仕方ないからしたわよ」
「どうだった?」
「痛かった。だから、メチャメチャ痛いのよあれは」
「まぁ、そりゃそうだろうなぁ」

「で、今この仕事してるじゃない」
「ヘルスってこと?」
「そう。で、半分くらいの客がやらせろって言ってくるし、中には勝手に入れようとするのもいるわけ」
「勝手に入れてくるのはどうするの?」
「大体わかるから防ぐんだけど、ある客はいきなり後ろから入れてきたのよ」
「後ろって、お尻?」
「そう。もうメチャ痛かった。あたしブチ切れて。っていうか、何でいきなり尻なわけ?前でしょ普通は」
「おいっ、キレるのはそこじゃないだろ」

思わずつっこむ俺。身の上話のはずが、いつの間にかよくまとまったネタになっている。そういえば彼女は関西出身だった。

なんだかなぁ。



4-15b



03 : 25 : 14 | 筆談小姐4 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
4-16.肉体労働
2008 / 06 / 01 ( Sun )
4-16

同じ娘から3度目に会った時に聞いた話。この娘は毎回何かネタを仕込んでくる。

「この前ね、変な客が来たのよ」
「どんな客だよ」
「見た目普通なんだけどね。すっごく大きなカバンを持ってるの。旅行帰りか何かかと思ったんだけど、ホテルに入ってそれを開けたら中からSMの道具が一杯」
「おいおい、そりゃヤバいんじゃないの」
「それがね、その客はMなのよ。で、あたしに女王役をやれっていうの」
「何それ、ムチで叩いたりすんの?」
「じゃなくて、お尻に入れろっていうの」

また肛門ネタかよ。

「とにかく聞いてよ。まずね洗面器にお湯を汲んできて、注射器で浣腸するわけ。相手が四つんばいになってる後ろで、あたしが注射器でお湯をくんで、お尻に入れてくの」

素裸のままベッドの上に女の子座りして、ジェスチャーをしてみせる。かわいい座り方とやってること猛々しさのギャップが可笑しい。

「すっごい量入るのよ。で、その後トイレに駆け込んでね。扉の向こうからシャーっていう音が聞こえてきた」
「リアルだなぁもう」
「で、出てきたら、ペニスがついたベルトをあたしがして、お尻に入れることになって。あたしそんなのつけたの初めてよ」
「そんなに本格的にしたかったらそれ専門の店に行きゃいいじゃないか」
「それが専門の人だと思い切り動くんで痛いんだって。あたしみたいなのがおっかなびっくりやるくらいが気持ちいいいみたい」
「確かにM役じゃぁ痛いって言っても聞いてもらえないだろうしなぁ」
「で、こっちも始めてだから、こんな感じですか?とか聞きながらやるわけ」

相変わらず彼女はジェスチャー付きで話をしている。相当に珍妙な光景だ。

「で、手でしごいでくれって言うんだけど、バランスがとれなくてできないのよ。そしたら自分でしごいてた」
「それで、最後はどうなるの?」
「イッた直後に自分で尻から引き抜いて、それをぺろぺろ舐めたのよ」

うわぁ、キテるなぁそれは。

「で、その後その客とはキスしたりしたの?」
「できるわけないでしょ。絶対無理」
その娘は怒った風にこちらを睨んで見せた。

まぁとにかく、風俗というのは大変な仕事だよな。



4-16b



03 : 26 : 16 | 筆談小姐4 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
4-17.无法无天
2008 / 06 / 01 ( Sun )
4-17

さて、国内で馬鹿な話を聞いている間にも月日は流れ、気が付くと連絡がつかなくなって2週間が経過しようとしていた。ご機嫌伺いのメールを何通か出してみたが返事がない、メッセンジャーで彼女がログインするのを待ってつかまえるしかないと思ったが、なかなかオンラインになることはなかった。

そんなある日の朝9時過ぎ、PCで仕事を始めた途端に懐かしい音が響いた。慌ててクリックすると彼女がオンラインになっていた。早速メッセージを送ると、無視せず返事を返してくれた。いい感じだ。でも、挨拶するとすぐに彼女は一方的に語り始めた。

「長いこと劣等感にさいなまれてきたわ。私は人を愛したり愛されたりする資格なんてないの。はっきり言うわ。あなたのことを愛してなんてなかった。最後にこのことを言えてよかったわ」

一体何を言い出すんだ?問いかける俺を彼女は無視して語り続ける。

「私は単に自分が何を感じて、何をあなたに知って欲しいか話してるだけ。あなたはいい人よ。でも、私はあなたが気に入るように振舞うつもりはないの。私は強い人間なの。一人で生きていけるし、いつかチャンスをつかめると思ってる。決して諦めないわ」

一方的に話続ける、取り付く島がないとはこのことだ。

「私は愛してなかったけど、あなたには愛されたかった。でもそれは間違いよね。愛してくれない人を愛する人なんていないわ。結局私はあなたの時間を無駄にしただけよ。私のことは忘れて他に良い人を探したらいいわ」

そこまで書いた彼女は、諦めずに書き込む俺を見て感じるところがあったのか、話したいことを全て話したからなのか、ようやく俺の言葉に反応をしはじめた。

「私は普通の女じゃないの。未来なんてないわ。あなたは他の女の子を見つけたらいいわ。本当に愛してくれる女、条件なしで愛してくれる女がきっと見つかるわ」
「どうしてそんなことを言うの?何かあったの?」
「想像つくでしょ。友達にこう言われたわ、once you’re in Rome, be like a Roman(郷に入れば郷に従え)。私の気持ちなんて重要じゃないの。誰も気にしないわ。あそこでは私は人間じゃないのよ。」

うーん、これは客にヤられてしまったかもしれないねぇ。
気持ちの問題より先にそっちを考えて落ち込むのが浅はかな男の性だった。


4-17b




无法无天
日本風に書くと「無法無天」。法も天意もあったものではない、という意味なんだそうだ。


03 : 27 : 43 | 筆談小姐4 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
4-18.絶縁通告
2008 / 06 / 01 ( Sun )
4-18

朝の9時から職場でチャット。

というと楽しそうに聞こえるが内容はずっしりと重い。もう仕事そっちのけで続けて1時間が過ぎているが、まだまだ話は続いている。というか、首の皮一枚でつながっているといった方が正解か。明らかに彼女は別れ話を始めていた。まったく話の出口が見えない。

「そうなる前に会って話をしたかったよ」

客と寝ざるを得なくなる前に、と思ってたけどはっきりとは書けなかった。そんな俺を嘲笑するかのように彼女は刺々しい言葉を投げかける。

「ほら見なさいよ。あなたは全然分かってない。それに忘れたの?私は”I love you”なんて言葉、口にしたことはなかったわ。そういう間柄なんかじゃないのよ」
「助けたいって何度も言ってたじゃないか、今からでも遅くないだろ」
「笑わせないでよ。死んだ人間が生き返るわけないでしょ」
「何があったとしても、これからまたやり直せるだろう」
「結局あなたは自分の経験でしか考えられないのよ。ムカツクわ」

怒りに任せて言いたい放題言わせればガス抜きできて落ち着くかと思ったが、そうでもないみたいだ。

「私はロボットみたいに生きることにしたの。何ももう感じないわ。まだ生きてるのはママを悲しませたくないだけ。ママが死んだら私もすぐに死ぬわ」

またママかよ。というか何でここでその話が出てくるんだ。また訳が分からなくなってきた。今まで何度も喧嘩はしてきたが、今回は落ち着きどころが見えない。皮一枚でつながっている状態で、その皮もじりじり切れてゆく。そんな感じだ。

「ドアを閉じるような真似をしないでくれよ。話し合おう」
「ドアなんてないわ。私たちは違う世界に住んでるの。話をするだけ時間の無駄よ。Let’s say goodbye. 」

ついにその言葉が出た。その後もしばらく粘ってみたが気持ちは変わらないようだ。

「気持ちが分かってもらえなかったのは残念だけど。もう結論を決めてしまってるようだから仕方ない。Have a nice life. 将来、夢をつかめると信じてるよ」

後で気が変わることを願いつつ、また別れるなら綺麗にという思いもあって、一気に書いて送る。彼女からは「Goodbye, take god care」とだけ返信が来てオフラインになった。時計を見るともう昼前、3時間近くもチャットをしていた計算になる。

ずっしりとした疲労感を感じながら席を立った。



4-18b



03 : 28 : 46 | 筆談小姐4 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
4-19.癒しの源
2008 / 06 / 01 ( Sun )
4-19

昼飯の時間だが全然食欲がない。

今何か食べても胃にもたれそうだ。タバコでも吸うかと思って喫煙ルームに向かう。皆食事に出てるので誰もいないだとうと思ったらS本部長が一人ぼんやりと煙を吐いていた。軽く挨拶して向かい側に座る。

「どうしたの、顔色悪いじゃないの」

本部長が問いかける。理由を説明したいところだが、何から説明したらいいか分からない。皆で中国出張していた頃は状況が逐一ばれていたんだが、しばらく一人の出張が続くわ、展開は速いわで何から話したら良いかわからない状況になってしまった。

「いやぁ、いろいろ疲れが溜まってて。ところで本部長は最近あの店行ってますか?」

じっくり話す手もあったが、自分の中でも消化し切れていない話なので、あまり触れられたくない。そこで別の話題を振ってみた。いつもの馬鹿話だったら気も紛れるだろう。

「そういえばねぇ、最近気が付いたんだけどね」

S本部長が話しはじめる。

「ああいう職業の娘っていうのは、不思議と看護婦が多いんだよ。多分、人を癒す職業だから共通項があるんだろうね」

本当かなぁ。

営業力に優れた人は、本能的に耳当たりの良い話を作り上げる。いわゆるセールストークだ。でも往々にして、セールストークは胡散臭いのである。ちょうどいいや、またあの娘に会いに行こう。今週2回目だけどちょうど良い気晴らしになるだろう。

***

夜になって会社を早々に引き上げ、店に向かう。出てきたその娘は今週2回目の俺にちょっと驚いた様子だったが、まぁ普通に応対してくれた。さすがにネタの仕込みは週ごとらしくややパワーダウンしたやり取りの中で、ふと昼間の話を思い出して聞いてみた。

「この仕事の女の子って看護婦が多いって本当?」
「さぁ、わかんないけど、あたしは看護師だよ」

意外な答えに驚いた。もしやS本部長の話を眉唾と考えた俺が浅はかだったか。

「やっぱりさぁ、この仕事を選んだのは人を癒したいとか思ったわけ」
「何それ」

と言ってケラケラと笑う。

「職業はあんまり関係ないのかなぁやっぱり」

と俺が言うと、彼女はちょっと考えてからこう答えた。

「でも、患者さんの下の世話をしたりするから、あまり抵抗ないってのはあるわね」

そっちかよ。



4-19b


03 : 30 : 01 | 筆談小姐4 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
4-20.最終知斗
2008 / 06 / 01 ( Sun )
4-20

その翌週は俺の誕生日だった。

朝、メールボックスを開けるを俺宛に彼女からバースデーカードが届いていた。Yahoo中国版のグリーティングカードサービスだ。俺との最後の会話の前に送信予約していたんだろう。それが今頃届くとは、傷口に塩を塗られているような気がした。

ところがその翌日、再びメールが届いた。今度は彼女本人からだ。

「その、何と言ったらいいか。私は多分自分のことが良く分かっていないの。今の状況では仕方ないのよ。あなたは覚えてないかもしれないけど、きっと忘れてもいないと思うわ。私が言ったあなたへの想いを。一人になりたくないの。私が自分の窓から外の世界を覗いた時、あなたはまだ手を差し伸べていてくれるのかしら」

改行が少なくびっしりと打たれたメールはまだ続く。

「私は自分の側からしかものを考えられなかったの。いろいろ考えたし理解しようとしたけど、よくわからないのでイライラしてしまって。多分あなたはわかってくれると思うけど。私は臆病者なの。目の前に幸せが見えても自分から歩み出せないの。
誕生カード受け取ってくれた?私は自分に嘘をつけないわ。あなたのことをずっと想ってたし、今も想ってる。私がこの暗闇から日の当たる場所に歩みだすための勇気を頂戴。そうすれば私は、この後に続くどんな困難にも打ち勝つ勇気と強さを持つことができるわ」

中国人のラブレターは詩だというのを聞いた。全部がそうなのかは確かめるべくもないが、少なくとも彼女のメールはいつも詩の様だった。

実際、受け取ってみると、こういう文章はそれなりに心に沁みる。

「お互い、誕生日が来たら一緒にお祝いしようって言ってくれたの覚えてる?その約束はまだ生きてる?もし私がまだ中で動きがとれなくなっていたら、助け出してくれる? There's a tiger smelling the flower in my heart...」

最後の一文は何の比喩かよくわからなかったが、感覚的に意味を汲み取って理解した。

そろそろ動く時期だと思った。押し問答には疲れていたし、前回の最後通告のショックもあった。そして今回の心のこもったメール。何となく彼女の術中にハマっている感じも無きにしも非ずだが、ここまで手の込んだ芝居を打ってくるのなら、それはそれで金を払う価値はあると思った。

俺は彼女に返信を書いた。気持ちを理解し、また援助をすることを示唆する内容だった。



4-20b




智斗というのは、智恵をこらした闘争の意味。


03 : 32 : 53 | 筆談小姐4 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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